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浦和地方裁判所 平成6年(ワ)435号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

永井均

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小坂伊左夫

右訴訟代理人弁護士

櫻井彰人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及び平成六年二月二三日から右金員支払済みまで一日当たり金二万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、金一三〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で車両保険契約を締結していた原告が、車両火災により損害が生じたとして、被告に対し、保険金とその支払遅滞による損害金とを請求する事案である。

一  前提事実(争いがある点は、各項末尾掲記の証拠により認定した。)

1  原告は、平成四年九月ころ、普通乗用自動車(ダイムラーダブルシックス一九九〇年型、登録番号・大宮三三は四一一六。以下「本件自動車」という。)を、代金四〇〇万円で購入した(甲一一、乙三、原告本人)。

2  原告は、平成五年七月二日、損害保険事業を営む被告との間で、本件自動車につき、衝突、接触、火災その他の偶然の事故によって同車に損害が生じた場合には、金六〇〇万円を限度に保険金を支払うとの約定を有する自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、その契約の効力は、同日に生じた。右保険契約約款の車両条項第二条は、保険契約者の故意により生じた損害はてん補しない、と定めている。

3  同年一二月一三日、浦和市内の秋ヶ瀬公園屋外駐車場(同市大字西堀南原三一七六)において、本件自動車が火災となり、その前部(エンジンルーム内)が焼損した(以下、これを「本件火災」という。)。

4  原告は、同日午後七時一八分ころ、火災現場の西方約七〇メートルの同公園管理事務所脇の公衆電話から、本件火災発生の一一九番通報をし、現場に到着した消防車は、七時二三分ころ放水を開始し、五分後には鎮火させた(乙四、五)。

5  原告は、同日午後八時過ぎころ、被告の代理店小宮保険事務所の小宮明に電話して、本件自動車が走行中に自然に燃えた、保険金が出るか調べて欲しい、と告げた(甲一一、乙六)。

6  消防署の調査員は、原告が、秋ヶ瀬公園内を走行中に火災発生に気付いた、と供述したこと等から、出火時には本件自動車のエンジン及び電気系統が正常に作動していたと判断し、燃料系統からの燃料漏洩や配線等の電気系統による出火の可能性は考え難いとして、同月二七日、本件火災の原因は不明であると判定した(乙四)。

二  主な争点

1  本件火災は、保険契約者である原告の故意により生じたものであるかどうか(被告の免責の抗弁の成否)。

(被告の主張)

本件火災は、原告の故意によって生じたものである。その根拠は、次のとおりである。

(一) 本件火災は、本件自動車の構造自体を原因とするものではない。

すなわち、本件火災は、そのエンジンルーム内から出火し、焼損はエンジンルーム後部(フロントガラス側)の上部に限定されており、エンジンルーム前方への熱影響は極めて軽微である。そして、エンジンルーム内の電気系統の焼損部分は小範囲であり、周辺電気系統に過大抵抗が生じた痕跡がないことからすると、電気的要因による火災ではない。また、焼損状態から、短時間、少量の燃料が流出したとは考えられるが、エンジン本体の焼損状態が限定され、燃焼温度も高温に達していないことからすると、燃料的要因による火災ではない。さらに、焼損部位がエンジン本体上部に限定されていることからすると、自動車本体の何らかの異常過熱による火災でもない。

(二) 焼損が著しい部位は、エンジンルーム内後部の高い位置であり、しかも、左右二ヶ所に分かれている。このような出火態様は、偶然の車両火災としては著しく不自然である。

(三) 本件火災は、本件自動車のエンジンが停止中に発生した。

すなわち、エンジン作業中に火災が発生すれば、エァークリーナー・エレメントに、その一部が焦げるなどの異常が生じるはずであるが、それが生じていない。また、本件自動車のクーリングファンの溶融が一部だけであり、ファンベルトの燃焼箇所も上部に限定されており、これらのことも、火災発生時にエンジンが停止していたことを裏付けるものである。

(四) 本件自動車のエンジンルーム下部の燃料ホースには、エンジン停止後に人為的に開けられた孔があり、また、そのホースを覆っていたホーススリーブは、本件火災発生前に捲くり上げられていた。

(五) 原告は、本件火災発生時、エンジンルーム内に可燃物であるタオルを入れていた。

(六) 本件火災現場は、既に暗くなって人気のなくなった公園内の、しかも、植込みの樹木のため周囲から見えにくい場所であり、原告の通報により消防車が到着するまで、現場付近に、原告以外の人はいなかった。

(七) 原告は、本件火災発生経過に関し、本件自動車を走行中に路上に落ちていたビニール袋を巻き込んだように思い、その後エンジンオイルの焦げるような異臭を感じたが、さらに、二、三分走行を続け、その原因を確かめようと秋ヶ瀬公園に入り駐車場に停車したところ、ボンネットから煙が出てきたので、消防署に電話通報した、と説明している。しかし、この説明は、本件自動車の焼損状態から確定される前記火災態様に合致しない。特に、車体下部から燃焼が始まったような焼損状態ではないし、巻き込まれたビニール袋がエンジンルーム内まで入り込む余地もなく、しかも、そのビニール袋が発火するほどの温度に達することもあり得ない。

(八) また、前記鎮火経過、焼損状態からすると、本件火災は、原告一人でも十分消火することが可能であったと見られるものである。それなのに、原告の説明によれば、原告は煙を見て初期消火を試みることなく、消防車の到着まで何らの消火活動もしていないのである。

(九) 原告は、火災原因の確認をしようともしないまま、本件火災鎮火後まもなく、保険代理店に保険金の請求をしているのであり、突然に火災に遭遇した者の行動としては、余りに手際が良過ぎる。

(一〇) しかも、原告の前記(七)の説明については、エンジンルーム内で発生した臭いが運転席に入るわけがないから、これを感じたというのは不思議であり、しかも、その臭いを感じながら二、三分も走行を続けるというのは著しく不自然な行動である。

(一一) さらに、原告の主張、供述は、本件保険に加入した動機、火災時に原告以外の目撃者がいたかどうか、消防士に巻き込んだビニール袋の加熱による出火の可能性を供述したかどうか、電話通報中に本件火災状況を見通すことができたかどうか等の点で、他の客観的な証拠に符合せず、しかも、その重要部分において変遷がみられるのであり、虚偽である可能性が高い。

(原告の主張)

(一) 本件火災が原告の故意により生じたとの点は、否認する。

(二) 原告にも、本件火災の原因は分からないが、その発生を知り、消防署に通報した経過は次のとおりである。

すなわち、原告は、火災当日の午後六時三〇分ころ、浦和市内の自宅に帰るために所沢市内の用務先を出発し、同乗者なしに本件自動車で走行中、午後七時五分ころ、火災現場の三、四キロメートル手前で、路上に落ちていたビニール袋を巻き込み、さらに走行を続けるうち、ビニールないしエンジンオイルの焦げるような異臭を感じ、二、三分間走行を続けた後、秋ケ瀬公園の駐車場で停車したところ、ボンネットの上側後部(運転席側)から煙が出て炎が見えたので、管理事務所脇の公衆電話から一一九番の通報をしたのである。

(三) 原告が停車した場所(火災発生現場)は、決して植木の陰で人目につきにくい場所ではなく、火災発生時にも、駐車車両や人影があり、火災発生後には野次馬が何人も集まって来ている。この点に関する消防署の調査回答は、誤っている。

(四) 原告は、消火器や水もないため、自ら消火することは危険であると判断し、消防署への通報を急いだものであり、自ら消火活動をしなかったことは、何ら不自然ではなく、むしろ、冷静、適切な判断である。

(五) 本件自動車の下部には、ビニール袋の熔融痕と思われる滓が付着しており、バッテリー下の燃料ホース付近(燃料供給側)がひどく燃え、さらに、右側のエアークリーナーも焼損し、その内部のエレメントも炭化しているのであってみれば、下部から出火したとみる余地も十分にあり、焼損状態から出火位置をエンジンルーム上部と確定しうるとの被告の判断は、誤っている。

(六) 原告が事故当日に保険代理店に電話したのは、本件自動車が使用不能になりそうだったので、保険金が下りるかどうか心配になり、連絡してみたものであり、保険金を請求したものではない。

(七) エンジンルーム下部にある燃料ホースに人為的に孔が開けられるわけがなく、これは下部からの出火の熱影響により開いたものとみられる。

(八) 原告も、本件火災の原因につき、巻き込まれたビニール袋が加熱して、発火するに至ったものと断定するわけではないが、右袋がエンジンとボディとの隙間からエンジンルーム内に入り込み、加熱されてガス化して発火に至ることは十分にありうることである。なお、原告は、消防士に対しても、巻き込んだビニール袋から発火した可能性を指摘している。

(九) なお、原告は、オイル点検時に点検棒を拭いたりするために、日頃からエンジンルームのブレーキマスターバック側にタオルを入れていたのである。綿製のタオルは他の繊維に較べ燃えにくいものであり、発火に至る危険性はない。しかも、原告が故意に火災を発生させたとすれば、あえて疑われるようなタオルをエンジンルーム内に放置しておくわけがない。

2  本件火災に関し、原告が被告に請求しうる保険金等の額はどれだけか

(原告の主張)

(一) 保険金 六〇〇万円

(二) 保険金支払遅滞による損害金(平成六年二月二二日までに発生した分) 一三〇万円

(内訳)

事故後一か月経過した平成六年一月一三日から同年二月二二日までの代車料(一日当たり二万円)八〇万円、本件自動車の保管等費用等一〇万円及び弁護士費用四〇万円

(三) 保険金支払遅滞による損害金(平成六年二月二三日から保険金支払済みまで発生する分)

一日当たり 二万一〇〇〇円

(内訳)

代車料二万円、本件自動車保管料一〇〇〇円

三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点1(原告の故意による免責の成否)に対する判断

一  本件自動車の焼損状況

証拠(甲五、九、乙一の1ないし4、八、九、一四、証人吉川泰輔、同梅野正俊)によれば、本件火災による本件自動車の焼損状態につき、次の各事実が認められる。

1  概況

焼損部位は、自動車前部構造部のエンジンルーム内に限られ、客室部や後部構造部には、フロントガラス下部に媒の付着があるほかは、焼損、熱影響がない。特に、左右フロントフェンダー、左右前輪タイヤにも熱影響はない。

2  エンジンルーム内

(一) 後部右側

(1) バッテリーは、上部ケースが原形を留めないほどに焼損したが、その底部に熱影響はなく、車体側のバッテリー支え台も焼損していない(乙一の2写真14、15、19、20、乙一の3写真8、9)。

(2) 後部右側下部の右フロントサイドメンバに貼付けされていたビニール製ステッカー(バッテリー底面より下に位置する。)は焼失していない(乙一の3写真9)。

(二) 後部左側

(1) 後端部にあるブレーキマスターバックの上部及び左側の塗膜が焼失し、その前側に配置されたブレーキマスターシリンダーの合成樹脂製リザーブタンクは熔融している(乙一の2写真22)。そして、右燃焼部位の左側付近に置かれたタオルが焦げていた(乙一の2の写真22、乙八、九)。

(2) しかし、後部左側の焼損状態は、前記1の後部右側ほどには酷くない。

(三) 前部

前部には、焼損、熱影響は殆どないが、クーリングファン上部の一部が熔融し、一〇枚以上ある羽のうち一枚のみと、クーラーコンプレッサーベルトの右側上部の局部が熱影響により変質している。

(四) エンジン本体

(1) エンジンルーム中央に位置するエンジン本体は、中間部から後端部に焼損があり、しかも、左側より右側が著しい(乙一の2写真14、乙一の3写真6)。

(2) 右エアークリーナーは塗膜が著しく焼失しているが、下面には焼失を免れた部位がある。左エアークリーナーは、殆ど熱影響を免れており、その内部のエレメント(空気濾過紙)も熱影響を受けず煤も付着していない(甲九写真3、4、乙一の3写真10)。

(3) 右フロントフェンダー内側を通る燃料ホース(合成ゴム製)は、これを被覆するホーススリーブの一部が捲くれ上がった上、その近傍に鉛筆の軸の太さほどの孔が開き、その周辺はかなり強く焼損し、熱影響を受けている(乙一の3写真7、乙一四)。なお、右捲くれ上がったホーススリーブの内側(捲くれて外部に露出した面)には、煤が付着していた。

(4) エンジン後端上部のアルミ合金製部分が僅かに溶融している。

二  火災が発生した箇所

右一で認定した本件自動車の焼損状態をまとめると、焼損は、エンジンルーム後部の上部が最も著しいことになるから、本件火災は、エンジンルーム後部の上部付近から発生したものと推認される。

なお、前記一2(四)(3)の燃料ホース付近も強く焼損したとの点は、燃料ホースの孔から残圧により多少の燃料が漏出した結果と考えられるから、ここから出火したとは考えることはできない。

そして、焼損の著しいバッテリーについてもその底面及び支え台には熱影響がなく、さらにその下方に位置するステッカーも焼失しなかったことは、火災がエンジンルームの下部ではなく、上部で発生したことを裏付けるものである。この点につき、原告は、バッテリー底部が熱影響を受けなかったのは支え台が遮熱板となっていたためであると主張するが、右主張からは、支え台自体及び前記ステッカーにも熱影響がなかったまでを説明することはできず、失当である。

原告は、車体下部の右側パンチングカバー(遮熱用カバー)に熱影響があるとして、エンジンルーム下部から出火した可能性があると指摘する。そして、甲五号証、九号証によれば、本件火災後の右側パンチングカバーは、左側パンチングカバーに較べ変色していたことが認められる。しかし、証人吉川泰輔の証言によれば、鉄製のパンチングカバーが下部からの火災により変色するほどの熱影響を受けた場合には、ゴム製の右前輪タイヤや同カバーに接する蛇腹様ゴム部品(甲九写真15)は熱影響を免れないことが認められるところ、前輪タイヤに熱影響がないことは右一1で認定したとおりであり、甲九(写真15)によれば、蛇腹様ゴム部品にも熱影響がないことが認められる。したがって、右側パンチングカバーの変色があることは、本件火災が下部から発生したとの疑いに繋がるものとはいえない。

さらに、原告は、エアークリーナーはエンジンルーム下部に位置するところ、右エアークリーナーが著しく焼損していたことは、本件火災が下部から出火したことを疑わせるとも主張するが、焼失の著しい右エアークリーナーの塗膜も、その下面の一部は焼失を免れていることからすると、むしろ、その塗膜焼失は、上部からの燃焼、熱影響によるものとみることが自然であり、その塗膜焼失が前記のような疑いに繋がるものとはいえない。

三  火災発生時の本件自動車の動静

また、前記一2(三)(2)のとおり焼損を免れた左エアークリーナー内のエレメントに煤が付着していなかったこと、前記一2(三)のとおりクーリングファンは、上部の一部だけが溶融し、しかも、一〇枚以上ある羽根のうち一枚だけとクーラーコンプレッサーベルトの右側上部の局部が熱影響により変質していたことからすると、本件火災発生時にはエンジンは停止していたものと推認することができる。すなわち、エンジン作動中に火災が発生すれば、その煙を吸い込んだエアークリーナーのエレメントに煤が付着しないはずはなく、また、回転しているクーリングファンの羽根及びベルトに対する火災による熱影響が一部に限定されるはずがないからである。

四  燃料ホースに孔が開いた原因、時期

そして、前記一2(四)(3)のとおり燃料ホース(合成ゴム製)を覆うホーススリーブの一部が捲くれ上がり、その近傍に鉛筆の軸の太さほどの孔が開いていたとの点については、証拠(乙一の3(写真7)、一四、一五、一九、二〇、証人梅野正俊)によって認められる次の1ないし6の各事実からすると、これを本件火災の熱影響等により生じた結果と推認することはできず、むしろ、本件火災が発生するまでの間に、何者かが、ホーススリーブを引き剥がして捲きあげて燃料ホースを露出させて、これに孔を開けたものと推認されるのであり、また、燃料ホースにこのような孔が開いたまま、自動車が走行しうるわけはないから、この孔は、自動車が火災現場に到着した後に開いたものと推認される。

1  ホーススリーブは、外面がアルミ箔製、内面がガラス繊維製であり、摂氏六五〇度以上八〇〇度以下で五分間加熱しても、外面が溶融するだけで、内面に変化はない。摂氏八五〇度で五分間加熱すると、はじめて内面にも変化が生じ、軟化、収縮して繊維は切断するが、切断部の繊維は固まり、外力で破壊されたときのように繊維のほぐれが生ずることはない。

2  ホーススリーブで覆ったまま、合成ゴム製の燃料ホースを都市ガスバーナーで一〇分間加熱し、ホーススリーブの外面を摂氏九〇〇度以上にしても、ホーススリーブに内面の繊維切断による亀裂が生じるだけで、ホーススリーブやホース本体に孔が開くことはない。

3  燃料ホースだけを取り出して、都市ガスバーナーで加熱すると、九〇秒後には外面が摂氏六二四度に達し、炎を出して燃焼して膨潤、炭化するが、二重構造の外側ゴムから膨潤、炭化が始まり、内側ゴムの焼損状態は一〇分後にも比較的軽い。

4  本件で燃料ホースを覆っていたホーススリーブは、捲くれ上がり、しかも、切断部の繊維がほぐれているが、熱影響による場合には、繊維が固まって収縮し融け落ちることはあっても、このような状態が生じることはない。

5  本件の燃料ホースの孔は、外側ゴムが膨潤、炭化しないまま、内側ゴムまでが鋭利に貫通しているが、熱影響によっては、このような形で孔が開くことはない。

6  また、捲くれ上がったホーススリーブの内面に煤が付着していたことからすると、ホーススリーブは本件火災時には既に引き裂かれ捲くり上げられていたことになる。

五  消防車到着時の現場状況

そして、浦和市消防本部に対する調査嘱託の結果によれば、火災通報により消防車が現場に到着した際、現場付近にいたのは原告だけであったことが認められる。この点につき、原告本人は、付近に人影があり、まもなく野次馬も集まったかのような供述をするが、前記証拠に照らし、信用することができない。しかも、原告本人は、本件火災現場に停車し、直ちに火災発生を知り、電話通報に向かったと供述するから、停車後、原告が火災発生を知るまでの間に、たとえ付近に原告以外の者がいたとしても、その者が本件自動車に触れる余地はなかったことになる。

六  自動車構造上の火災原因の有無

また、証拠(乙一の1ないし4、証人吉川泰輔)によれば、エンジンルーム内の電気系統につき、軽微な焼損がみられるワイヤーリングハーネス、リレー類を含め、過大電流が通電した形跡はなかったことが認められるから、本件火災発生時に、電気系統の欠陥はなかったと推認される。また、前記一で認定したとおり、燃料の漏出も燃料ホースの孔から僅かに漏出したことが考えられるだけであり、その焼損が局部に限定されていたから、燃料の多量漏出が火災の原因であると考える余地もない。また、前記一で認定したとおり、焼損部位がエンジンルーム後部の上部付近に限定されていることからすると、自動車本体が何らかの異常加熱状態になり、これが原因で火災が発生したと考えることもできない。

七  暫定的まとめ

右一ないし六で判示したところは、次の1ないし4のとおりにまとめることができ、そうすると、本件火災を発生させることが物理的に可能な者は、原告において他にないことになる。

1  本件火災は、本件自動車が火災現場に到着し、エンジンを停止後に、エンジンルーム後部上面(ボンネットを開けて直ぐの位置)で発生したものである。

2  しかも、エンジン停止から火災発生までの間に、エンジンルームのかなり下部にある燃料ホースのホーススリーブが切り裂かれ捲くり上げられて、ホースに孔が開けられた。

3  少なくとも、消防車の到着時に火災現場にいたのは原告だけであり、また、原告本人の供述からすると、現場到着から火災発生までの間に、原告以外の者が本件自動車に触れる余地はないことになる。

4  本件火災の発生につき、電気系統の異常や燃料の漏出が関与したとみる余地はない。

八  火災発生経過についての原告の説明及び原告の火災発生後の言動についての検討

そこで、本件火災の発生経過に関する原告の説明及び本件火災発生後の原告の言動について、さらに検討を進める。

1  原告は、火災原因としては、火災現場の三、四キロメートル手前で、路上に落ちていたビニール袋を巻き込み、これがパンチングカバーに接触して溶けてこれに付着し、さらに風圧等でエンジンルーム内に押し込まれ、さらに溶融して、これにより発生したガスに火花が散ったりして発火に至ったと考える余地がある、運転中、現場到着の二、三分前から物が焦げるような異臭を感じ、だから、本件火災現場に停車することになったのであると主張し、甲一一号証(原告の陳述書)、原告本人の供述もこれに沿うものである。

2  しかし、甲九号証(写真27ないし29)、乙一一号証、一八号証によれば、原告が巻き込んだとする袋は、ビニール製ではなくポリプロピレン製又はポリエチレン製であり、この種の袋は、摂氏四六〇度の鉄板の上においても白煙を上げて縮むだけで着火することがないこと、本件自動車の同型車は、通常走行中、キャタライザ(触媒)入口排管面で最も温度が高くなるが、それでもその温度は摂氏四〇三度程度であることが認められる。したがって、右袋が、それより遥に温度が低いパンチングカバーに触れて溶けて貼り付くことは考えがたいというべきである。なお、原告本人は、パンチングカバーには、本件火災後、甲五、六号証の写真のとおり右袋の燃え滓のような白い粒が多数付着していたと供述するが、なるほど右各写真には白っぽい粒状のものが写っているようにもみえるが、これが本件火災時に付着したのであり、しかも、これが袋の燃え滓であると認めるに足りる証拠はない。

3  また、甲九号証(写真9ないし11)、一一号証、原告本人の供述によれば、本件自動車のエンジンルーム下部には、手を差し込めるほどの隙間があることが認められるが、乙一六号証、証人吉川泰輔の供述によれば、人為によらずに、走行中の風圧等によって前記袋がその隙間からエンジンルーム内に入る可能性はないことが認められる。

4  しかも、証人吉川泰輔の証言によれば、エンジンルーム内に右袋の一部が入りこんだとしても、これがエンジンルーム内の熱影響で溶融して気化してガスが発生することはないこと、しかも、たとえガスが発生したとしても、それが燃焼開始しうるほどに滞留することはないことが認められる。

5  また、乙一六号証によれば、本件自動車の同型車については、車内に導入される外気はフロントウインドシールド基部から取り入れられるのに対し、エンジンルーム内の空気はエンジン後部から車両のフロア下部に抜けるので、エンジンルーム内で発生した臭いが、車内に入ることはないことが認められる。原告本人は、窓を少し開けていたから、これを感じることができたかのごとき供述をするが、たとえ窓を開けていても、走行中にフロア下部に排出された空気が運転席に入ることは考えにくく、信用することができない。しかも、原告本人の供述は、袋を巻き込んだように思ったのに続いてオイルの焦げるような臭いを感じながら、すぐに停車せずに二、三分も走行し、人気が少ない場所に来て、停車したというもので、右行動は、危険を感じながらすぐに確認のため停車しなかった点やわざわざ危急時に他人の助力を得にくい場所で停車した点で、著しく不自然なものといわざるをえない。

6  そして、本件火災による焼損状態からは、火災はエンジンルーム後部の上部で発生したものと推認されるのであり、下部で発生したとは認められないことは、前判示のとおりである。

7  なお、なるほど、原告は、本件火災が右袋の巻き込みにより下部から発生したと断定しているわけではないが、その主張、供述する火災発生に至る経過は、前判示のとおりの本件火災の態様と著しく齟齬するものであるといわざるをえない。

8  その上、甲一一号証、原告本人の供述によれば、原告は、ボンネットから煙が出て炎が見えたことから、何ら消火努力をしないまま、火災通報のため、約七〇メートル離れた公衆電話に行き、その後も、消防車到着まで何の消火努力もしなかったというのであるが、本件火災による焼損状態及び消防車到着後五分で鎮火したことからすると、本件火災は爆発等の危険があるほどに激しいものではなかったとみられるから、自分の重要な財物が燃えているのに自らは何らの消火努力もしなかったというのは、やはり不自然さを免れることはできない。特に、前記調査嘱託の結果によれば、原告は、消防車到着時に現場付近におらず、その数分後に管理事務所の方向から現れたことが認められ、この点に反する原告本人の供述は信用することができないから、この点をも加味すると、原告の消防車到着時までの行動の不自然さは、さらに強いというべきである。

9  また、前提事実5のとおり、原告は、本件火災鎮火後まもない同日午後八時過ぎには、保険代理店に電話して保険金が出るかどうか確認しているのであり、突然に火災に遭遇したものの行動としては、かなり手際がよいと評することができ、証人梅野正俊の証言によれば、その後、被告側が本件火災の原因に不審を抱き調査を開始したが、原告は、火災発生から一〇日も経過していないのに、保険金支払を厳しく督促したため、担当の川口サービスセンターでは耐えられないため、損害調査業務部において調査を急ぐことになったことが認められ、火災発生原因につき不審を持たれて調査されることが不快であったとしても、火災発生後一〇日も経過せず、消防署においても火災原因についての判定を出していない時期に、担当者が耐えられないほどに強く保険金支払を督促した原告の態度は、やはり不自然なものというべきである。

九  原告の説明、言動等についての評価

右八で認定、判断したところによれば、原告が主張するような本件火災発生に至るまでの原告の行動は、著しく不自然であり、原告が自らが認識した事実に基づき火災原因ではないかと指摘する巻き込んだ袋による下部からの火災発生もあり得ないことであり、さらに、火災発生後の原告の行動には、多くの不審な点があることになる。

一〇  結論

1 前記七で判示したとおり、本件火災の態様からすると、本件火災を発生させることが物理的に可能な者は、原告において他にないとみるべきところ、原告が主張する本件火災発生に至るまでの原告の行動は著しく不自然であり、原告が主張するように巻き込んだ袋が原因で本件火災が発生したとみる余地はなく、本件火災発生後の原告の行動にも多くの不審な点がみられることをも勘案するときは、本件火災は、原告が、エンジンルーム後部の上部、特に右側にあるバッテリー上面付近になんらかの着火源により火を付けたものと推認することができる。

そして、右事実からすると、燃料ホースに孔を開けたのも原告であると推認されるが、その目的は、前記部分から開始した燃焼が拡大するのを助け、かつ、なるべくエンジンルーム下部にも焼損部位が生ずるようにするためであったとみることができる。また、原告がエンジンルーム後部左側に置いたタオルも、その燃焼開始ないし拡大に、何らかの役割を果たしたものとみるべきである。

2 本件火災の発生原因につき、認定しうるのは右1に判示したところに止まり、原告が具体的にどのような方法により着火させたかまで特定して認定するに足りる証拠はないが、原告の放火により本件火災が発生したとの推認過程が前記のとおりであってみれば、その具体的方法を特定することができないことは、原告が放火したとの右推認を左右するものではないということができる。

3 以上のとおり、本件火災は保険契約者である原告の故意により発生したことになるから、本件火災による損害は、本件保険契約によりてん補されない(保険者である被告は免責される。)というべきである。

(裁判長裁判官小林克已 裁判官中野智明 裁判官堀禎男)

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